石川は立ち上がった。
外に出ると、同じ陽光と景色が待っていた。私達の言動など関知することなく、等しく照らし、受け入れている。
三人は車に戻り、同じ席に坐った。
車は同じ景色を辿っていった。
三人は無言だった。
わたしは前方に新聞配達のバイクを見た。自分の属する販売店の主婦で、夕刊を配達する時間であることがわかった。家のローンを解消するために朝夕刊を配り、昼はスーパーでレヂ打ちの仕事をしている。真面目で芯の入った女である。わたしとは仲がよく、話しも合う、それだけの間柄である。
追い抜く時に彼女の横顔を見た。日除けのためにタオルで顔を隠しているので表情は分からない。前方だけ見ている。
言葉を交えない限り、四人の意識は平行宇宙の中にある。決して交わる事もない。
バイクは後ろに去り、彼女はわたしの意識から消えた。
車はコンクリート会社の高い塔や陽光に光る河面や青い麦の広がりなどの景色を見せながら、走っていった。何事も変わらないように見えた。中国から流れてくる黄砂のせいで、目がチクチクする、鼻がぐずぐずする、花粉症がひどくなるなどと毎年話題になるがそれだけのことである。目に見えない変化は着実に進行しているのだ。それがはっきりとはわからないが。いつかとんでもない事態が起こることは間違いない。快楽に溺れて鈍感になった人間に感じ取れないだけである。
車はラブ・ホテルに入る坂を上っていた。遠くから建物は見慣れていたが、入るのは初めてだったし、ラブ・ホテルはあまり利用したことがなかった。
石川は車をバックさせて向きを変えた。
「終わったらな、電話しない、迎えにくる」
かれは香織に言い置いてて、、車を発進させた。
わたしと香織は初めて向き合い、目を合わせた。
端正な顔立ちをし、セミ・ロングの金色の髪が顔を小さく見せている。腰の坐った目でわたしに笑いかけた。
二人は目の前の空いた車庫に歩み寄った。頭上に、愛の部屋がある。
自然に抱き合った。
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