彼女は身を乗り出して言った。
「家で飼おうち言うたんね?」
石川は言った。
「一週間前に、あんたがその猫をダンボール箱に入れて持って帰ってくる夢を見た、ちいうんよ。正夢なんよ。お母さんはよく見るんよ。そいけど猫は毛を散らす、部屋を汚すけ好かん、戻してきなさい、ちいうたけど、一ヶ月間飼わしてち頼んで、飼うたんよ。私にはよう懐いたけど、お母さんにはなつかんかった。そしたら、一ヶ月後に出ていった。その時、お母さんが言うには、猫が両手を合わせて何度も擦り、拝むようにして出ていった、ちいうんよ」
「何でお母さんに拝むんね?嫌われとったんやろう?」
わたしは言い、団地を拡張の仕事で廻ったとき、付きまとった猫を思い出していた。虎猫はどこにでもいる。
「嫌われとったけど面倒見てくれて有り難う、ちいうたんやなあーいー?」
彼女は語尾を引き延ばし、
「猫も人間の心がわかるんやね。三日間飼うたら住みつくちいうけね」
彼女はつけ加えた。
「立花さん、その猫は死んどると思う?生きとると思う?象や猫は死んだ姿を見せんちいうけど」
彼女は初めてわたしの名前を呼んだ。
「見る者がいなければ、死んでもいるし、生きてもいる、そんな状態よ」
わたしは答え、穂高の言葉を思い出していた。
(シュレーディンガーの猫のパラドックス)の話しで、現象化されない限り、(生きていながら死んでいる)という矛盾・対立の状況が存在する事を指している。生も死も一つの確率であり、バーチャルなものでしかありえない。
わたしは喋りながら、何十分か後に彼女を抱くことに現実感が湧かなかったし、抱かれて初めて女になるのだと考えた。抱き終えれば他人に戻るにちがいない。いまのところその猫のように女でも男でもありえ、わたしの存在に委ねられている。
石川と彼女が今どんな心理状態なのかもわからなかった。三人ともお喋りはするが他人同士みたいだった。自分が石川のように女を紹介することがあるだろうか、もしそんなことがあったらどんな気持ちになるだろうか?自分は独占欲が強すぎるのだろうか?石川に独
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