葉を出す限り、呼吸を止める訳にはいかない。

 「三年間ですか・・。一ヶ月分の新聞代を払う金があったら僕、一週間、御飯が食べられる」
 彼は落ち着いて言った。
 「一年分、サービスという方法もあるよ。景品はあげられないけどね」
 と言うと、考え込んだ。
 これは駄目だと、読んだ。
 冷静さが戻って来ると諦めるしかない。
 彼等は金がないからどこにも行けず、部屋の中に居るのである。集金が出来ない理由の一つに、「出会えない。会えれば金がないと言う。集金の約束は守らず」である。
 「あなたは今生活が苦しくて大変だろうけど、貴重な経験をしているんよ。お金のない苦しさ、空腹の苦しさ、それを避けるためにはがんばるしかない」
 集金の仕事をしていると、この世は金の取り合いだと思うことがある。あなたが払ってくれなければわたしは生活できない。あなたに払うと私は生活できない。
 「考えておいてね」と言い置いて、次の部屋をノックしようとした瞬間、ガチャリと内鍵をロックする音が鳴った。
 先手を打たれた。ノックする前にロックされてしまった。
 その次の部屋をノックした。
突然、点いていた電灯が消えて、真っ暗になった。取り残されたテレビの画像が明るくなったり暗くなったりしている。
 先ほどの会話のやり取りでわたしの正体が伝わったのだろう。
階段を上って来る音が、響いてきた。
顔を向けると、目と目が会った。上がりついた学生はわたしの風体を素早く見回した。
わたしが近寄っていくと、彼は背中を向けて反対側の共同トイレの方に向かった。中に入ったもののどうしようかとしばらく迷ってる風だった。やがて大便所の中に入り、ドアを締めて姿を隠した。
出てくるまで待つべきだろうかと、考えた。
彼がわたしを警戒する理由がわからなかった。ジャンバーを着てはいるが、ワイシャツを着、ネクタイはきちんと締めている。風体からセールスか集金人であるかの直感はしたであろうが、わたしはまだ自分の身分を名乗っていないではないか。

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