「話しは変わりますけど、この前、農家に集金に行ったらそこのお婆さんが、今年は台風の多い年ですばい。蜂が低い所に巣をつくりよりますけ、って言ってたけど、動物には予知能力があるんですね」

「人間にも昔はあったんですけど、知性の発達と引き替えに失っていったんですよ。それに現在・過去・未来なんて、直線上の時間的観念を便宜的に考え出したけど、現在という時点があると思いますか?私が今、現在と言った時点でそれは過去のものになっている。それらはリング状に波動を蓄積しているに過ぎず、どこにでも現在という針を置くことが出来る」
彼は淀みなく整然と喋り、わたしは黙って聴いている。
「実はあなたが今日ここに来ることは分かっていた、昨日にね」
「どうして?」
「あなたは昨日、集金もかねて来ようと考えていたでしょう?」
「そうです」
「私に向けられた思念の波動が伝わってきたのです。と言うことは私はあなたの二十四時間後の未来を見たということです。ですからさっきの蜂の話しですけど、蜂も大気の波動から台風が多いと言う未来を読みとったのです。別に珍しい事ではありません。鹿だって大気の匂いの中からライオンが近づいていることを感じ取るじゃないですか。それは未来を読みとっていることです。五感の能力を衰えさせた人間は近視眼的になっていて予知能力を失い過去とか現在とか未来とかに分けるけど、動植物や自然界においてそれらは同一の次元なのです。時間と空間も同一の次元なのです。時間と空間を分けて文明を発達させて便利になった反面、ひずみや混乱が起こった。時差呆けなどはっきり分かるのはいい方で、直接感じ取れないひずみは始末が悪く、いくらでもある」
「鹿がライオンの匂いを感じ取って未来を読みとると言いましたが、それは未来を予想したということじゃないでしょうか?予想であれば外れることがある」
「それは良い質問です。外れてしまったんじゃあ、予知ではない。予知とは百パーセント確実でなければならない。鹿は予知し、未来をみたのです。予想は自己の意志でするわけですけど、予知は波動が向こうの方からやってくるのです。ネズミは沈没する船の未来を見ると脱走するというじゃないですか。ネズミの波動が未来と共振するのですよ」
彼は笑って、コーヒーをすすった。
(共振?)

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