込むことはなかった。空手部に属し、一撃必殺の技に励んだが、一年で逃走した。リンチの恐怖、悪夢に怯えた。文化サークルを軽視し、遊び半分で政治活動に参加した。革命思想の教条そのものを冷笑的に捕らえる一方、現実批判・自己正当化の材料にしていた。社会が間違っている。だから、俺は旨く生きていけないのだと。

二人は同世代の男だったし、お互いが分身みたいなものだった。彼は頭脳が明晰であり、冷静なタイプ。わたしは記憶力が悪く、仕事や日常生活のテクニックの習得も遅かった。車の免許を取るのに一年間もかかった。一見優しそうだが、激情型で好色漢であった。彼は記憶力もよく、社交上手でもあり、性には淡泊のようであった。
ただ、自己や人間や社会や政治についての好奇心は強く、それは共通していた。彼は相対性理論や量子力学、哲学に詳しく、わたしに疎いそれらを補完し、わたしの疑問にたいして物理学的な分析できちんと道筋をつけてくれた。
その時、わたしと彼は同じ波動で緊張を交えあった。
アジト、と言う言葉が口をついて出そうで、庭を仕切ったカーテンの陰に公安警察の目を感じていたのだ。
 (公安の目が光っている)
 政治活動から離れた穂高の口から時々出てくるのだが、彼の活動、つまりネットによる国家作りがそこまで進行しているとは考えられなかった。彼には先走りし、過激な傾向があり、その分を割り引かねばならない。
「体外離脱して自分の顔をよく見るとグニャリと重なっていて、ダリの絵のように奇妙な印象でした。こんな顔なのかと驚きました。現実の人間の視覚がいかに貧しいかわかりました。ピカソの人物画はあなたも知っているでしょう。あれは彼の想像力と言うより、私と同じように体外離脱してモデルを見て描いたんじゃないでしょうかねえ」
彼は坐って、私の目を見た。
目は落ち着いているが、すべてを読みとっているような怖さがある。
「あなたは毎日、集金の仕事で、誰に会ってると思いますか?」
いきなり、言った。
「わたし自身です。自分探しの旅みたいなものですね」
アナタというワタシに会いました、と言う言葉は舌に中に留まっていた。
「その通り」
彼はコーヒーを啜った。

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