「あの、もと教頭先生がなあ、夜いつも犬の散歩をさせよって知りあったんやけどな、学校をやめて淋しゅうてたまらんち言うけ、あの女を紹介してやったんよ。そしたら、二人でホテルでエッチしてな。次の日に、俺んとこに菓子折をもってきてな、両手をついてお礼を言うてくれた。若い女としたいち思いよったけど、在職中は世間体があって出来んかったけど、ああして良い思いをさしてもろうて本当に良かった、先も長ないのにちいうてな」

彼の右手は股間に伸び、ズボンの上からペニスに触れている。セックスの話しをするたびにその習慣があることにわたしは気づいた。車を運転していて信号を待つ時、あるいは電車の座席に坐っている時も、触っているという。指しゃぶりをする子供みたいに自己の存在の確認行為かもしれないと、後に彼女から聴くことになる。
「ほら、その教頭先生は青葉ケ丘四丁目の前田さんたい」
その言葉にわたしは思い出した。
新聞の集金に訪れるたびに深々と頭を下げ、「ご苦労さんです」という言葉を欠かさない。
檜で造られた玄関間の床の間には掛け軸が下がっている。「無心」と、大きく書かれ、書の大家でもある。自宅で書道教室も開いている。
彼は何歳ぐらいか、と訊くと、七十歳といい、強精剤を事前にプレゼントしたので効果があったという。
集金の件を持ち出すと、「あー、もうちょっと待っときない」と、一蹴された。
配達をうち切るべきが考えたが、彼には三万円の商品券を契約時に渡しているので、それを返してもらうことが条件である。その可能性は低い。
話しが絶えると、彼は携帯電話を手に取った。素速い動きでクリックすると、テーブルの上に立て、画像に見入った。
わたしの方から画像は見えない。
彼は胡座をケサガケにしてかくと、背筋を伸ばし、両手を前に組んだ。
「(すべて良し。どんな事をも引き受けることによって、解放され、至福の境地に達する事ができる)、どう思うな?この言葉」
「そんなふうに出来ないから、人間は苦しみがあるんでしょう?」
「でも俺は一理ある思う」
「それは何ですか?」
「ソウル・トリップていううサイトや、以前は俺には合わんと思うたんやけど、やっぱり
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