わたしは今日一日彼がひどく寡黙だったことに気づいた。鯛が掛かった時も声を上げなかった。ハリスを通して魚と繋がり、命の交感に気を奪われていた。
「魚釣りが残酷だと言った男がいた。しかし彼は自分が毎日肉や魚を食い、間接正犯であることに気がつかない」
「常識人なんてそんなもんさ」
穂高とダミー穂高のやり取りだった。
ダミー穂高は船室に降りていった。
「黙っていたが今日は決行の日なのだ。あなたに伝えてなかったのは後衛を守る大事な方だからです」
穂高はわたしに言って、船室に続いた。
(後衛を守る?)
と考え、
(決行の日!)
と言う言葉にわたしは熱くなり、燃えた。
待ってた日が来たのだ。倦怠と不安に満ちた人生に終止符を打つことができる。行動こそそれらをうち消す最強の力なのだ。
ある集金先で老婆からこんな話しを聞いた。
律儀で働き者の主人は農業を営んでいたが、六十を過ぎてから、死にたい、と執拗に訴えるようになった。
俺はこれからどうなるとなあ?年取って死んでいくしかないんな?年取って死んでいくしかないんな?そんな馬鹿な!と、ぼやき続け、ある夏の夜、家族が寝静まった夜、前の納屋に向かって走り出し、用意していたロープの輪の中に首を入れてぶら下がった。家族の生活には万全の対策を講じて。
いま、わたしは彼の気持ちが充分過ぎるほど分かる
船室では四人が胡座をかき、座卓を囲んだ。
顔が輝き、決行へのベクトルが収斂されていた。
座卓の真ん中に低い七輪が置かれ、イカの干物が焼かれた。
船長がお茶がを用意した。
「ここまで来た、と言うのが実感ですね。そう言いたいが、逆に観ると、ココまで戻ったともいえる。時間は未来から過去に進むことだってありえる」
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