ある集金先で若い女の言った言葉が思い出された。

いつもは元気な彼女が気落ちしていたので、どうしたのかと、わたしは尋ねたのだ。
「昨日の早朝、知らないお婆さんを車でひき殺してしまったの、もちろん不注意でだったけど、・・今度は私が殺される番よ」
彼女は覚悟をしてるように言い、次ぎの月には部屋から姿を消していた。
わたしはその時、慰める言葉がなかったが、(今度は私が殺される番)という応えが心の中に蟠っていた。多くの動植物を食べてきたわたしには、次ぎの番が回ってくるのだ。
「後はすべて立花さんに任せます。さばいてください 」
穂高は息絶えていく鯛を見下ろしていた。
 「私だけじゃあ、親戚や親しい集金先に配っても、配りきれん」
 わたしは真意を推し量りながら言って、
 「刺身から?塩焼きから?煮付けから?」
 と、酒宴を予想し、穂高の方、そしてダミー・穂高の方に声をかけて、返事を待った。
 ダミー穂高は胡座をかいて、釣り竿を畳んでいたが、顔を上げなかった。
 釣った魚をサカナにして酒を飲むのは釣り人の最高の楽しみにの筈だが。
 二人の沈黙が残っていた。
 船室では同志である船長が酒の用意をしているはずだった。が、いつまでもデッキに上がって来ない。
 わたしは夕陽が輝きを失っていく方に目を向けた。島が黒い輪郭を際だたせていた。その先は見知らぬ朝鮮半島あるいはソ連である。
 海の波紋が橙色の明るみを浮かべている。冷たく光りながら、黒みと混じり、彼方まで広がっている。その怖さがわかった。
冬の夕陽は没し始めると早い。二十分もすれば陽は消え、船は夜の闇の中に取り残されてしまう。夜の海をわたしは経験したことがない。
船は錨を下ろしたままだ。
(何故、船首を帰港の方に向けないのだろう?暗闇の中での着岸は危険だし、難儀する。早く漁港に向かわなければならないはずだが)
わたしの思考は何かに当たっていた。
「船室に戻ろう」
穂高は立ち上がり、陥没していく夕陽をしばらく見た。

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