海岸線に沿った、サイクリング・ロードを歩き始めた。そばには浜辺が広がり、波がうち寄せている。

先ほどの建物が青浜団地と呼ばれていることを思い出した。
波の呼吸、大気の息づかいの中に居るだけでも救われる。体液の流がゆったりと同調していく。
自然の流の中に吸収され、胎内の中で安らいでいく。
波が静かにうち寄せ、返していく。わたしの呼吸のリズムと同調している。
ねっちりした大気の中にわたしは溶け、漂っていた。
人の姿は無い。
時間も止まっていた。
空間も無かった。
本来の時空の中を漂っていた。。
自己の存在が小さくなっていく。このまま人に出会わなければますます小さくなり、大気の中に消えてしまうかもしれない。単なるエネルギーとしての存在に戻るだろう。

コンクリートの建物が見えてきた。ほぼ百メートル先だったが、何だかわからなかった。人間の視覚の範囲がもし三百六十度であれば、それがトイレだと分かったのである。六十度しかないので分からない。人間の視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚・嗅覚などは貧しい。言語の発達とともに衰退していった。本能も退化していった。日常的意識なども宇宙的規模で考えるなら、極小であろう。現実生活で認識している範囲はわずかである。それでも自分が宇宙の中心だと考えている。この倒錯した論理が人間世界の実態である。それなのに秩序立て整合性をもたせている。矛盾だらけだから崩れるしかないことに気づかない。
トイレに近づいていた。コンクリート屋根が鋭角状に切り立ち、壁に円形と四角形の窓をもうけてある。近未来的な様式である。
中に入ろうとして、トイレの前に広がる駐車場を眼にしたとき、異様な気分になった。不快とか快感とかの次元ではない。謎がいきなり解けたというか、目に見えなかった裏面を見た気分と言うべきか。
いつか訪れた場所であった。思い出せなかった。
百台ほども駐車出来る広さを見渡し、隣の小さな遊園地では滑り台がコイル状を描いている。赤、黄、緑の縦縞の模様がはいっている。地面には薄茶色のレンガが敷き詰められ、
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