メッセージを入れたが、返事は返ってこなかった。

RV車はわたしも狙っていたのだ。わたしは無傷で彼女が身代わりになったのだ。
 しかし、わたしの償いと誠意はそれまでだと、判断した。

 仕事があることを感謝した。
 ドアからドアを、人から人を渡り歩いた。(お世話になっております。・・新聞の立花です)と言うだけでもわたしはすでに別世界の人間になっていた。役者みたいなものだった。わたしは個人としてのわたしを捨てる、いや捨てなければならなかった。子供が出てくれば(僕、幾つ?お名前は?)と笑顔を見せて景品を出し、老人が出てくれば昔話を持ち出し、(あの頃は良かったですね)と花を咲かせた。(今日はいい天気ですね)と言って、相手が頷くだけで元気が出た。・・新聞拡張員という身分だけで、その仕事のためというだけで、どんなところでもどんな人間とでも会えた。新聞記事の内容、出来事、事件を持ち出し、論議をし、相手とまじわる事ができた。業績はその次ぎに結果として出るのだった。

 バイクを穂高の家の前に停めたのは集金の日だった。白の軽自動車が入り口に止まっていることで在宅の確認は出来た。
 玄関のドアの横にカメラ付きインターホンが設置されていた。
わたしはボタンを押した。
 「どなたですか?」
 カメラの目が訊いてきた。
 「ミナ、イクヨ」
 と答えたのは、それがネット共和国国民のパスワードになっていたからだ。
 ドアが開いて現れた顔は穂高によく似ていたが、ダミーであった。彼とは顔見知りになっていて、例の食堂間に案内された。
 「今日は風が強くて、バイクの運転は大変だったでしょう?」
 彼は言った。
背中を向け、ガスコンロの火を入れてコーヒーの用意をし始めた。少し猫背なのも穂高に似ている。
 「強風に煽られて走っていると、風になった気分になることがありますよ。夜、寝床に入って、目を閉じると、芭蕉の(旅に病みて夢は枯野を駆けめぐる)という言葉が思い浮
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