談話室のドアは少し開いていた。わたしの手はノブを握ったまま、止まっていた。

(私はもうあんな事はしたくないけ、手を切らせてください。お金はいりません)(何で?)・・香織と中村の声だった。
(苦しい。人を裏切る事なんて出来んとよ)(今まで、やってきたじゃないか。いろんな男とも寝たし)(それとは違う)(どう、違うんか?)(人の秘密を売って金を取るなんて)会話は途絶えた。
(お前はRV車の運転席に穂高の顔を見たと言ったな?)(言ってません)(いや、俺は聞いた、取り消しはさせん。次ぎに尋ねたときは石川の顔だったといったな。次ぎに尋ねた時は立花の顔だったといったな)(そんな話は止めて、こんな所で)涙声になっていた。    しばらく会話が絶えた。
(全部お前が関係した男達だな?)(・・あんたが運転していたと今度は言ってやるわ。それで気がすむやろう、私をこんな体にして)荒い口調だった。
わたしの怒りと興奮は凍結していた。
椅子を素速く引いて立ち上がる音が起こった。
わたしは踵を変えて、急ぎ足で階段に戻っていった。
怒りに震えていた。逃げている自分への怒り、(俺がRV車を運転していたなんて!穂高が運転していたなんて!香織は気が狂ったのか?)握った手提げ袋の中には彼女に頼まれたスキンクリーム、シュークリーム、蜜柑、リンゴ、生理用タンポンが入っていた。
わたしが自分の車とRV車を同時に運転するなんて現実にはありえない。
(多次元的宇宙においてはありえるんですよ。ドッペンゲルガーといいますがね。香織には見えたんですよ。意識のチャンネルが突然の恐怖のあまり、別次元世界とシンクロナイズしたのですよ。テレビだって目に見えない無数の電波を拾い、画像に変えているじゃないですか、常識世界に加工された意識がたまに鋳型からはみ出すことはあるでしょう)
穂高は言った。
わたしが彼に香織との出来事を話す時、彼は世間話を聞くような表情を浮かべた。目を輝かすことも、構えることもなかった。男女の関係を動物学的いやエネルギーの変動の観点で分析し、応えた。純粋世界での彼と香織の関係は現実世界でのそれと全く別次元であったのだ。
(RV車の運転席に穂高やわたしを見た)ということはそれが事実だったかどうか別にして、男達の殺意を感じ取っていたということだ。

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