浮浪者同様の生活をしていました。政治活動をはじめ、辻説法をしたり、演説をしたりしましたが、子供に石を投げられるくらいで、まったく馬鹿にされていました。当時、ドイツは第一次大戦に破れ、すごいインフレに襲われて、パンを買うのにリヤカー一台ぶんの紙幣がいる有様で、至るところに浮浪者や餓死者がいました。ある日、彼はまた演説をはじめました。最初は誰も訊いていなかったのですが、(誰が俺たちのパンを奪っているのだ?あいつ等じゃないか!あのユダヤ商人じゃないか!高い金で売りやがって!)と訴え続けた途端、浮浪者達が一斉にユダヤの商店を襲い、食料品を奪い始めたのです。日本も福祉財源が切り捨てられ、年金難民が出始めたら、暴動が起こるでしょう。それでは遅いのです。今のうちに一度崩壊して、この国に合った政治と生活に改革し、作り直さねばならないのです。江戸時代の人口くらいがちょうどいいのです、食糧自給率に合った人口で良いのです。それには老人、それは年齢ではなく、活動せず生きる意欲のない人たちのことですが、彼等ははどんどん死んでくれなければ困るのです。彼等は若者達の命を食っているのです。私だってそうなったときは死なせたください」

彼は言い、その直向きさは怖いくらいだった。
ネット上で国内の反体制運動に火を点け、北朝鮮に亡命する計画だった。それから先のことはわたしにも話さず、事の重大さが分かっていたのでわたしは尋ねなかった。
こんな時わたしは優柔不断で、彼の行動に積極的に参加するともしないとも応えず、結局は彼の動きに付いていくことになるのだった。もちろん彼の思想には共鳴していた。
あの時、香織は奇妙なことを言った。自分の聞き違いだろうか?聞き違えたとすれば、実はわたしが無意識の中で信じていることだ。
その日、わたしは香織を見舞いに行った。病院の受付を通すのが面倒だったから、そのまま階段を上り、病室のドアを軽くノックした。
笑顔でドアを開いてくれたのはいつもの痴呆症の老婆だった。顔に薄化粧をしていて、両手を合わせて右頬に近づけ、首を傾けてにっこり笑った。まるで少女みたいな笑顔だ。和服の普段着姿で、部屋を訪れる者をそうして迎えた。
わたしは軽く会釈をして、窓際のベッドに目を向け、カーテンの先に香織の見舞客がいない事を確認して近づいたが、香織の姿は無かった。
特別な用が有るわけではなかったので、タバコを吸って帰ろうと思い、談話室に向かった。(痴呆症でもいつもあの明るさなら、こちらも楽しくなる)と、昔わたしを育ててくれた祖母の姿を思い出しながら、考えていた。

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