身元不明の焼死人が、三人、発見されたがもともと死体だったという結果がでた。

親方や幹部連中は姿を消し、どこへいったかわからなかった。
焼けこげたトタンがグニヤグニヤになって落ち、冷蔵庫やテレビや金庫が黒い形を残しているのを観ながら、わたしは救われた気分になっていた。目障りだった家がなくなったのだ。
火事の原因は単純なものであった。
その日、男は事務所の畳の上に住宅地図を広げていた。親方や仲間たちは出払い、彼は独りであった。傾いた太陽が庭をさえぎった葦の先から射していた。畳が熱をこもらせ、暑さが強くなる時間であった。扇風機の鈍い羽音が伝わり、彼は冴えわたった意識の中で空虚感に満たされていた。台風の目の中にいる気分であった。気持ちが引き絞られ、レンズが陽光を浴びて焦点をつくるようにエネルギーが一点に集中していた。妙な無力感に襲われ、十年前そんな状況で人を刺し殺したことがあった。快感に酔い、狂ったようにナイフで刺し続けた。通行人の悲鳴など耳に入らなかった。コピーされた住宅地図をセロテープで張り合わせていくと、畳一枚分ほども広がった。田んぼと山ばかりの地域、その小字を探し、一軒家の番地を見つけるのは大変であった。そこが金の取り立て先であったが、集合住宅とちがって相手は逃げ隠れは出来ず、出会えば払える分は払うことが多かった。ところが借用証に書かれた番地が一時間たっても地図の上に見つけられず、矢野、という同姓が十四件近くも出てきたのであった。
彼は蚊が足首を刺したことを感じた。
痛みが余韻を引いていた。
立ち上がって、香取線香を探した。
机の上に見つけると、百円ライターで火を点けた。
左手に蚊取り線香をもったまま、火が固定したのを確認すると、百円ライターを畳に置かれた住宅地図の上に投げ、蚊取り線香を皿の上においた。
変な臭いが鼻をついた。
火が反対側で上がっていた。おどろいて見ると、住宅地図が燃えはじめていた。火は広がり、揺らめきながら畳に燃え移っていく。ライターのレバーが戻っていなかったのだ。そんなことは時々あったが、なぜか、彼はその時予め用意されていた光景が現実化したと想った。
彼は炎を見て興奮し、気を燃えさせた。
 
前
城山峠 p43
カテゴリートップ
城山峠
次
城山峠 p45