顔も向けなかった。

わたしは晒され、見せ者になっていることに気づいた。
男が暖簾を出さないということは、商売を犠牲にしてまでわたしの相手をしようという強い決意の現われだった。
(もしかしたら今晩は帰れないかもしれない)
わたしは動揺し、気分を落ち込ませた。
この出来事がどういう結末を迎えるのか予想がつかず、簡単に収まらないことだけは確かだった。KTS視聴料の契約を取りに訪れたのが、とんだ災難になった。トラブルを招きやすい仕事だが、わたしは危機ラインを超える言動を取ってしまっていたし、電波を一方的に流して金を貰うことがKTSの番組を見ていない者にとってどんなに理不尽で腹立たしいことなのか、当時のわたしにiは理解出来なかった。
店主が奥で休んでいたラーメン屋に、いきなりわたしは訪れたのだった。夕方までの客の来ない時間であった。事前連絡しようにも相手の電話番号はおろか名前さえわかっていない。住宅地図で未契約先を洗い出し、飛び込み訪問するのがこの世界のやりかただった。きちんと並んだ一戸建ての住宅地域より、ゴミゴミした商店街や歓楽街のほうが見落としがあり、夕方までに契約のノルマを達成出来ることが多かった。
わたしはラーメン屋のドアをノックして開け、右手の壁際にテレビがあることを確認した。顔を出した男に「こんにちは。お世話になっています」頭を下げて挨拶をし、会社名、身分・姓名を名乗ると、当月分の千三百九十五円を払うように求めた。
男は面食らい、しばらく考えていた。
「今月はまだ初めやないか、何で今月分を取るんか?」
と、反論した。
「これは基本料金という考えですから、日割りの計算はしないのです。一日でも一か月分を頂くということになっております。前納制です」
「そんなことは俺は知らん」
「・法第・条に明記してあります。それにあなたはこれまで受信料を払われたことはあるんですか?視聴料はテレビを設置した時から払うようになっています。設置した月の分から請求してもいいんですよ」
「それはKTSが勝手に決めた法律やないか。俺は知らんし、KTSの番組なんてみらせんし、面白うない。もっと面白い番組を作れ、それに今、金がないけ、この次にしてくれ」
 
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