「ごめんください。新聞屋です」

と伝えても、喘ぎ、ガリガリといい、生き者の気配が寄ってくる。
トラ猫は唸り、身構えた。
ペットの猫だったのかもしれない。よくあることだ、留守番をしていることもある。
わけが分からず、諦めた。
昔、(二十の扉)と言う、テレビ番組があった。人物をカーテンで囲って影絵を視聴者に見せ、ヒントを出しながら、当てるのであった。せめて影絵でも見せてくれれば、こちらの不安感は解消するというものだが無表情のドアは不安を募らせるだけだ。

三十六軒目。
チャイムを押したのに返事はない。
ドアから熱気と波動が伝わってきた。人の気配だ。
覗き穴が暗くなったようだった。
近づいて、覗き穴に目を凝らしてみた。
中は暗いだけで何も見えない。
部屋の中が暗いのかもしれない。
腰を落として、郵便受けのフタをを開き、パンフレットと購読申込書を入れようとした。
郵便受けの口に屈んだ時、何かが見えた。目を凝らすと二本の裸の脚だった。どうやら立って体を支えているらしい。人間そして女が立っている。踝から下が立った状態で、わたしと向き合う形だ。
と言うことは?
わたしは驚いて、立ち上がり、覗き穴に目を押しつけた。
「人の部屋の中を覗き込んで、失礼じゃない!」
ドアは女の声になって、叫んだ。
女が目を押しつけて覗き穴からわたしを見ていたのだ。ドアを挟んでわたしと女は、目と目を合わせ、抱き合う形になっていたのだ。
ドアが開き、女は顔を出した。猫は素早く入ろうとしたが、蹴り出されてしまった。
わたしは逃げた。
後で苦情の電話が来るかもしれないが、どこの新聞拡張員なのか、見破られてはいない。
この団地はやめようか?

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