わたしは言った。
「出よるでっしょうなあ。そいけどなあ、春になると思い出しますっちゃがあ、あの出来事を。小学生やった娘とワラビ採りに行った事がありましてな。城山の下の稲荷神社のあるところですたい。山道を歩きよったら、目の前に杉の木の幹が転がっとってな。どけようと思って手を伸ばしたら、あなた、それが動き出してですなあ、びっくりしました。それが、よう見たら、なんと蛇の胴体やったとですよ。娘を呼んで、手を引いて走って逃げました。蛇行して追いかけると分かっとりましたけ、まっすぐ走りました。田んぼのあるところまで来たらな、草がなぎ倒されとりました。蛇が進んだ跡やったとです」
彼女はそんな出来事をのんびり語った。
「家に帰り着いてホットしました。それ以来、あの付近には行きません」
彼女はわたしにお茶を勧めた。
わたしはゆっくり飲み、心を休めた。
何かが板戸を、押して行った。
春の風だった。
気持ち良い風が丘をわたってきた。
うららかな陽気の中でわたしはおどろいたが、信じられない話なので昔話を聞いている気になっていた。
彼女はこのあたりで拝み屋さんと呼ばれていた。不動信仰に励み、二十年前まで稲荷神社の近くにある滝に打たれ、行をしていた。
大事なものを無くした、と人が訪ねてくると、何処にあるのかすぐに当てた。
軽トラックが盗まれたと相談に来る者がいると、十キロメートル先の山小屋の隠し場所を当てた。相談者は警察を現場に呼んで取り返し、犯人は逮捕された。
親子喧嘩や色事の相談にも乗り、人々に慕われていた。普通の人に見えないものが見え、聞こえないものが聞こえた。
「そんな大蛇は日本にはおらんですよ。第一、何を食べて生きているんでしょうねえ?食べ物が無ければ生きていけない」
わたしには冗談半分に思え信じられなかった。
彼女は黙っていた。
「どこに棲んどるとですか?」
「昔あった炭坑の坑道の中に棲んどります。獲物の気配を感じとると出て来るとです。
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