昨年の今頃、年の暮れだった。
集金の仕事を終えて、その道をバイクで走っていた。暗いトンネルの中から人の姿が現れ、慌ててバイクを路肩にぶつけ、止めた。
対向車に向かって男がのんびりと歩いてくる。汚れたジャンパー姿で、歩き方が変で酔っぱらっているように見えた。左手の脇に、折り畳んだダンボール箱を抱え、右手に大きなバックを持ち、体を左右に大きく揺らしながら、対抗車とすれすれに歩いてくる。
斜めに吹き付ける吹雪、路上に積もった白い雪が、男の黒い姿を浮き上がらせた。無精ひげに安らいだ笑いを浮かべ、まだ中年の顔だった。
わたしに無関心で、後方の闇の中に消えていった。
昼間も見た事があった。その時は歩道を歩いていた。同じく、ダンボールとバックを抱え、笑顔を交え、ゆったりした表情で遠くを見ていた。
何度か見かけるうちに、夜は車道を対向車すれすれに歩き、昼は歩道を歩くことに気づいた。
ある時はスーパー・マーケットの軒下に立ち、あらぬ方を見ていることもあった。
ある時は、独りでキャッチ・ボールをしていた。城山峠の、広い歩道で、明るい陽光を浴びて、石垣にボールを投げ、素手でボールを受けていた。
いつも独りぼっちであった。
知った顔ではない。
安らかな表情が変に思え、わたしは好奇心と恐れをいだいた。衣食住に困る状態にあって安らかな表情になるなんて信じられないし、自分であれば絶望的な顔になるにちがいなかった。人間の心を失っているのだろうか。
いつの間にか見かけなくなったが、気にかかっていた。わたしの人生の影を見せつけられたようなこだわりがあった。
城山峠からわたしの家までは五百メートル近くある。
この一直線の道を、二十年ほど往復した。
気がゆるんだせいか帰路はいつも長くかんじじられた。早く家に帰りたいと言う一心で、いらついてもいた。
近頃は、年々、短くかんじられる。
「時間は伸びたり、縮んだりするんだよ」と、集金先の友人がいった。
その言葉にわたしが驚いていると、
 

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