家の中に逃げ帰ったけんど、仕事もせないかんし、そのうち忘れてしもうた。それからはもう見らん」

「大きな蛇を見たことはあるけんど、子犬を飲み込むほどの大きさやなかった」
「大きな蛇が畦道でとぐろを巻いて、昼寝をしとったちいう話しは聞いた事はある」
など、崎本婆さんの話には信憑性のあることがわかった。
「大蛇の話をすると祟りがあると思うて、みんなあんまり口には出さんとよ」
とも彼女は言っていた。
ある日、その堤を起点にして探検に出かけた。
池が四つあった。二つの池は並んでいて、ペンキを流したような毒々しい色をしていた。自然の水の色ではない。気味が悪いので近くの人に聞いてみると、上の方に五十年前炭坑があって、そこから鉱毒がにじみ出て流れこんでいるということだった。魚は棲んでおらず、田んぼの水にも使えないという。
山道を登って行くと、枯れた檜があちこちで倒れていた。崎本婆さんが言ったように道に交わって横たわり、行く手を遮っていた。幹の肌は大蛇のそれを思いださせて、動き出しそうな生々しさがあった。
今の時代にまさか大蛇がいるなんて?崎本さんももう八十歳に近いから、少しおかしくなったのだろうか。近所の者たちも話しに惑わされているのだ。
あちこちに目を向けて探し、半ば怯えながらのぼっていった。
大蛇に遭遇したらどうするのか?
逃げ出す?
いやカメラにまず撮る。
それから?大蛇と闘う方法は?
体に巻き付かれたら、どうしようもない。
逃げ出すしかないが、逃げれるのだろうか?
しかし、おれもこの歳になって大蛇探しをするなんて?
相変わらず、バカだな。
小さな寂しげな神社を見つけ、賽銭箱の前に腰をおろした。
崎本婆さんが若い頃、祈祷に励んでいた神社だとわかったが、絵馬もなく、祭壇も放置されたままで人が訪れた気配がない。床の上は汚れ、舞い込んだ落ち葉が積もっている。
もし道に迷っても、先ほどの池とこの神社を目安にすれば無事に帰れるだろう。
 
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