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    <title type="text">ブログ</title>
    <subtitle type="text">レア仲間-レア仲間で震災後の共同体を試行</subtitle>
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        <title>性の哲学８想像妊娠</title>
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        <published>2026-07-22T07:33:43+09:00</published>
        <updated>2026-07-22T07:39:36+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　若いころ、二人の女と同時に付き合っていた時があった。一人の女はアパートの隣の部屋に住み、もう一人は週に一度、通ってきていた。一人が隣部屋で聞き耳を立てているときに、もう一人と交わったこともあったが、思い出すと何とも言えない頃であった。ところが、...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　若いころ、二人の女と同時に付き合っていた時があった。一人の女はアパートの隣の部屋に住み、もう一人は週に一度、通ってきていた。一人が隣部屋で聞き耳を立てているときに、もう一人と交わったこともあったが、思い出すと何とも言えない頃であった。ところが、一人の女が生理がなくなったと言い、もう一人も同じことを言い始めた。驚きながら避妊には気を付けていたはずであった、と考えた。どうしていいのか？わからず仕事をしていた。ところが、二人の女は病院に行って調べてもらい、想像妊娠であることが分かり、わたしはほっとした。妊娠が本当であれば結婚していたであろうが、二人と結婚するわけにはいかない。二人の女の子の面倒を看る余裕などなかった。</p>
<p>　この出来事で考えるのは現実と妄想・想像が重なり合っていたということである。二人の女はわたしの子が欲しくて、あるいは妊娠することを恐れ、そんな状態になったのである。矛盾と対立が重なり、拮抗していたのである。こんな状況は日常生活の中にもよくある。シュレーディンガーの猫、の話である。</p></div>]]>
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        <title>性の哲学7赤い糸</title>
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        <published>2026-07-20T09:06:04+09:00</published>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　聖書の（創世記）の記述の中に、神は男のあばら骨を切り取り、それで女を造ったという箇所がある。ということはそれまで一つの体であったということだ。人間の胎児も受精から出産前まで性別がなく、それは一つである。私の考えでは出産によって両性が男と女に分離...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　聖書の（創世記）の記述の中に、神は男のあばら骨を切り取り、それで女を造ったという箇所がある。ということはそれまで一つの体であったということだ。人間の胎児も受精から出産前まで性別がなく、それは一つである。私の考えでは出産によって両性が男と女に分離され、別々に生きるようになったのではないか、そのように考えるとすっきりわかる。男女の恋愛においても相思相愛ですぐに成り立つ場合となかなか成り立たない場合があることは確かである。わたしも女に持てず苦労しているが、分離された連れ合いとさえ出会えば結ばれることは簡単であろう。出会わなくても赤い糸で結ばれているのである。</p>
<p>　単性であればコピーによって増えていき、簡単であるがすべてが同じ体と心を持った場合、ある病気が流行ると全滅してしまう。多様な生命であれば生き残るものも出る。そこで、神は男と女とに分離し、多様な生をつくったのであろう。だが、それは争いを産み、戦争に至ることにさえなった。競争を産み強くなって、神が（生きよ）（増えよ）というように生命は繁栄していった。繁栄と混乱が生まれ、神の出番となった。時々、こんなカップルが良く結ばれたな？という場面い出会うことがあるが、それももともと一つであったのが再会して結ばれたと考えるとわかりやすい。</p>
<p>　</p></div>]]>
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        <title>性の哲学6セクハラ</title>
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        <published>2026-07-12T07:44:19+09:00</published>
        <updated>2026-07-12T07:46:53+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　一年前、ある産直店に品物を出荷するために行った。もみ殻とぬかをそれぞれ精米所、コイン精米機で採って集めたものであった。月に二万円にもならない額であるが、国民年金生活者の自分にとっては貴重な収入源である。店で顔なじみの女に声をかけた。「最近、あん...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　一年前、ある産直店に品物を出荷するために行った。もみ殻とぬかをそれぞれ精米所、コイン精米機で採って集めたものであった。月に二万円にもならない額であるが、国民年金生活者の自分にとっては貴重な収入源である。店で顔なじみの女に声をかけた。「最近、あんた変わったねえ？肥えたんやない？」すると、彼女は「それはセクハラよ！」と言って、わたしの肩を指でつよくつまみ、わたしは驚くと同時に彼女の肩をつまんでやったのである。</p>
<p>　それはそれだけで終わったが、なんとも複雑な気持ちであった。そんな言動など昭和生まれの自分にとっては日常的なものであり、セクハラなどと言って騒がれるものではないはずであった。時代が変わり、セクハラが事件まで拡張され、肩書のある男たちが辞めさせられたりしていることは知っていたが、自分にまで振りかかってくるとは思いもしなかった。</p>
<p>　この出来事を知り合いの女にしゃべったら、少し考えていたが、その人はあなたに気があるんじゃない？といってきてまた複雑な気分になった。</p>
<p>　自分も彼女に気があったし、しばらく店に行かないと、来なかったわねえ・・、と自分を案じるような言葉を出したこともあった。良い顔をしていたのに、美容整形をしたせいか顔立ちが変わってしまっていた。彼女はそのことと肥えたことを気にしていて、そこで私の言葉が気持を刺していたのかもしれないが、知り合いの女の言葉は女の心理をついているかもしれないと考えた。</p>
<p>　そこで考えたのは女がセクハラだと騒ぐときにはその男に好意を持っていない時だと考えた。行為を持っていればよろこぶはずである。女心の複雑さは哲学で迫ることができるであろうか？面白くなってきた。</p></div>]]>
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        <title>性の哲学５破壊と創造</title>
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        <published>2026-06-26T07:28:57+09:00</published>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　テレビが故障しているが、買い替える金がない。スマフォでユウーチューブを見るようになった。いろんなジャンルの投稿が掲載され、面白く、毎日観ている。今は、未解決事件を観ているが、被害者たちには申し訳ないが面白い。犯人が捕まらないことが想像力を膨らま...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　テレビが故障しているが、買い替える金がない。スマフォでユウーチューブを見るようになった。いろんなジャンルの投稿が掲載され、面白く、毎日観ている。今は、未解決事件を観ているが、被害者たちには申し訳ないが面白い。犯人が捕まらないことが想像力を膨らませ、犯人あてなど考えるとさらに面白いのである。一番興味があるのはワラビ採り殺人事件である。興味があるのは加害者がワラビ採りをしていた二人の主婦をレイプして殴打または包丁で何十か所もめった刺しにしていることである。さらに逃亡しないように二人の主婦のアキレスけんを切っていることである。</p>
<p>　加害者は一人だったのか？二人だったのか？わからない。指紋も体液も残っているが五十年たっても特定できず、警察が何らかの理由で闇に葬っているのではないか？という噂もある。</p>
<p>　興味があるのは加害者が性交して殺しているということだ。または殺して性交して殺したのか？顔を見られたから殺したのだろうか？二人の主婦は同じスーパーで働く友達で、もう一人参加するつもりであったが用事が出来て参加できなかった。ところが、五年後に彼女の家が放火され、暴行殺害されているのである。</p>
<p>　レイプ殺人は時々起こっているが、性と愛が一つであればそんなことは起こらない。そんな犯罪をする加害者の無意識世界はどんなことが起こるのか興味がある。</p>
<p>　自分も若いころ、性欲が強すぎたころには女を無理にねじ伏せたことがあった。事件にはならなかったが、振り返れば怖いことである。</p>
<p>　暴行殺人は破壊であり、性交は射精しての創造である。対立するはずの二つのエネルギーが同時に行われる。そのことをどのようにに理解すればいいのであろうか？既成概念では説明できない。</p>
<p>　矛盾対立するものがシュレーディンガーの猫のように重なり合っていると解釈すべきではないか？この世には愛と憎しみ、金持ちと貧乏、美と醜、神とサタンなどいろんな対立物が共存している。それらは相手を存在させるための構造ではないか？そして、両者は決してなくならないし、永遠に存在し続けるのである。</p></div>]]>
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        <title>性の哲学４愛と性の重なり合い</title>
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        <published>2026-06-21T07:38:27+09:00</published>
        <updated>2026-06-21T08:36:56+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　セックスは愛から生じるのか？どうなのか？と考える時、その答えははっきりとは出てこない、と思う。私の経験に照らし合わせてみるといろんなことが考えられる。わたしの世代は昭和であるが、歌謡曲も含めて純粋な愛から性が生じるというのが一般的であり、自分も...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　セックスは愛から生じるのか？どうなのか？と考える時、その答えははっきりとは出てこない、と思う。私の経験に照らし合わせてみるといろんなことが考えられる。わたしの世代は昭和であるが、歌謡曲も含めて純粋な愛から性が生じるというのが一般的であり、自分もそのように考えていたが、７９歳の今は全く異なり、愛と性とは無関係であり、両者は入り混じって、あるいは平行宇宙の関係であるという結論に達した。愛していなくても異性は抱けるし、愛していればそれだけで満足し、性に至らなくても幸福な時がある。愛していて両方が良ければそれは最高であろう。若いころ、そんな体験をしたことがあった。エンドレスの性であった。男と女はいっしょに逝くのが一番良いのであるが、彼女は興奮しても決して行かないのであった。逝けばセックスは終わりになる。愛の言葉をつぶやきながら、女性器で私を強く抱きしめながら、何時間でも逝かなかったし、わたしも逝かず、一晩中まじわったのである。</p>
<p>　結局、二人は結ばれなかったが、あれは初めての愛であり、最高の性であったことがわかる。でも、良く考察してみると、あの行為は愛でもあり、セックスでもあったのだ。シュレーディンガーの猫の考察にあるように両者は重なり合いの状況であったのだ。</p></div>]]>
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        <title>性の哲学３肛門性交</title>
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        <published>2026-06-20T13:46:37+09:00</published>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　わたしは一度、ある女とホテルで肛門性交をしたことがある。浴室で女の体を背後から洗いながら、彼女の肛門を石鹸でこすり、背後から挿入した。膣とはちがう摩擦感があって気持ちよかったが、彼女に、気持ちいい？と聞くと返事をしなかったので止めた。いまふと考...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　わたしは一度、ある女とホテルで肛門性交をしたことがある。浴室で女の体を背後から洗いながら、彼女の肛門を石鹸でこすり、背後から挿入した。膣とはちがう摩擦感があって気持ちよかったが、彼女に、気持ちいい？と聞くと返事をしなかったので止めた。いまふと考えてみると、肛門の穴の大きさはペニスが入るのに良いサイズであり、それは挿入されることを前提にしているのではないか？ということである。これは両性具有ではないか？とも考える。また、胎児には性別はなく、ある期間が経って初めて、雌雄がはっきりし、子宮やペニスが出来上がっていく。</p>
<p>　これはシュレーディンガーの猫における、生きてもいる死んでもいるという世界であるし、この原理はいろんな世界の考え方を変えることができるのである。愛しているか？憎んでいるか？善なのか悪なのか？神かサタンか？などの疑問も両者でありうるということになる。今の時代のような二項対立ではなく両者混交なのである。それはこれまでのパソコンの原理のように、１か０、の組み合わせに、１でもあるし0でもあるという新しいジャンルができたのである。</p></div>]]>
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        <title>性の哲学2反転対称形</title>
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        <published>2026-06-20T07:30:13+09:00</published>
        <updated>2026-06-20T07:38:52+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　男性器も女性器も素晴らしい生命体であり、まさに神の作品と呼ぶべきものである。神が味付けと味の感覚を生物に与えて、おいしいものをたくさん食べなさい、といっているように幸福を与えてくれたのである。その二つの生命体はほかの器物がそうであるように相手に...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　男性器も女性器も素晴らしい生命体であり、まさに神の作品と呼ぶべきものである。神が味付けと味の感覚を生物に与えて、おいしいものをたくさん食べなさい、といっているように幸福を与えてくれたのである。その二つの生命体はほかの器物がそうであるように相手によって変化し進化していくのである。結婚で結ばれた男女、長い交際の男女は性器の当たり具合によって快楽を更新し、改善しあって性の頂点を目指していくことを知るようになる。男性器と女性器は全く違う形のように見えながら、実はまったく同じなのである。カギと鍵穴の関係にあるように、反転して見ればまったく同じであることがわかる。それは相手に合わせて変化していき、最後はぴったりはまり、抜けなくなるほどの結合を産む。こすりあわなくてもただ入れているだけで次から次へ快楽が押し寄せ、絶頂に至るのである。ここまでくると、二人は精神的なトラブルがあっても別れようにも別れられなくなる。</p>
<p>　だが、ここまで行くには努力が要る。男性は女が望むときに射精し、二人が同時にいかなければならない。射精しそうになったら、嫌な奴の顔を思い浮かべて射精を遠ざけるのである。</p></div>]]>
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        <title>性の哲学１総論</title>
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        <published>2026-06-19T10:48:18+09:00</published>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　このタイトルで書いてみようと急に思い立った。性とは微妙で複雑で女性の性器と同じく魅力がありすぎる。欧米人が性的に興奮して、オーマイゴッド、というのはそれが神に近い深淵さを持っているからである。
　　量子力学に登場するシュレディンガーの猫、その思...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　このタイトルで書いてみようと急に思い立った。性とは微妙で複雑で女性の性器と同じく魅力がありすぎる。欧米人が性的に興奮して、オーマイゴッド、というのはそれが神に近い深淵さを持っているからである。</p>
<p>　　量子力学に登場するシュレディンガーの猫、その思考・思想が私に初めて知的な興奮を与えてくれてほぼ二十年が経つが、いまだに好奇心を深めているし量子コンプーターも本格的な生産に入るようである。これで世界は思想哲学革命を起こされ、人間の思考の仕方そのものが変化するはずである。毒ガスの入った箱の中に猫が入っているが、生きているか？死んでいるかと問われ、生きてもいるし死んでもいるという量子力学の答えである、今でもこの答えは謎めいていて、考えさせられるのである。</p>
<p>　では、わたしは世間一般的には男であるが、本当に男なのであろうか？と考えると、結論から言えば、男でもあるし女でもあるという答えになる。ペニスと肛門の間には、蟻の戸渡りという縫合の跡らしき部分があり、そこは女の膣の入り口であったが、男にするために子宮を睾丸に変え、クリトリスをペニスに変えたという話である。つまり、男や女はいなくて両性具有であった。聖書に神は男のあばら骨を取って女にしたという箇所があるがうなずけるし、両性具有の前は単細胞でコピーで増殖くていたのである。競争はなく、平和に暮らしていたが、それでは活力が出ない。だから雌雄を作って競争原理を、神が、導入した。多様な生命が生まれ、人類は発展し、文明を作って生物の頂点に達したのである。</p>
<p>　</p></div>]]>
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        <title>そのままけっこう</title>
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        <published>2026-06-14T08:22:43+09:00</published>
        <updated>2026-06-14T08:22:43+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　昨日、ユウーチューブからメールが来て、コメントに投稿したこの句が高評価をうけていると伝えて来た。その半年前には、なにゆえに地を見て咲くや枝垂れ梅、という俳句に同様のメールが来ていた。これまで、小説なども文学賞に応募したことがあったが、一次予選に...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　昨日、ユウーチューブからメールが来て、コメントに投稿したこの句が高評価をうけていると伝えて来た。その半年前には、なにゆえに地を見て咲くや枝垂れ梅、という俳句に同様のメールが来ていた。これまで、小説なども文学賞に応募したことがあったが、一次予選に二度、通っただけであった。</p>
<p>　この言葉はすべて書くと、そのままけっこうすべて引き受けてやれば良い、という言葉であるが、五十年前に短編小説として同人誌に掲載していた。何の評価も受けなかったが、わたしはこの言葉が好きであった。何かの小冊子で読んだことはあったが、当時の自分の悩みや苦しみを少しは慰めてくれたのである。定職が見つからない、金がなくなっていく、ドモリも治らない、女もできない、など背負いきれないくらいの苦しみを今同様来あ変えていたが、今になってその言葉が現れるなんて奇縁といえば奇縁である。</p>
<p>　七十九歳になってこの言葉を反芻してみると、なあにい、あと数年の命ではないか？貧乏、歩けなくなる不安、一人ぽっち、何もできなかった後悔、などすべて引き受けなくても、死ねば消えるのである。</p></div>]]>
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        <title>イラン戦諸行無常の極みなり</title>
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        <published>2026-06-12T08:34:15+09:00</published>
        <updated>2026-06-12T08:34:15+09:00</updated>
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            <name>nakamura</name>
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        <summary type="html" xml:base="https://rarenakama.com/" xml:lang="ja">&nbsp;　アメリカが停戦交渉を打ち切り、イランに軍事攻撃をして、良い結果を勝ち取ろうということになった。イラン戦が始まって良い交渉がまとまることを願い、トランプも七十回近くも良い結果が出ると言いながらこのありさまである。石油の供給不足で世界経済が崩壊する...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://rarenakama.com/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;　アメリカが停戦交渉を打ち切り、イランに軍事攻撃をして、良い結果を勝ち取ろうということになった。イラン戦が始まって良い交渉がまとまることを願い、トランプも七十回近くも良い結果が出ると言いながらこのありさまである。石油の供給不足で世界経済が崩壊するかもしれないという中で、これが先進国そして人間たちの低能ぶりである。</p>
<p>　戦争は憎しみが支えであり、憎しみから生まれる。中近東はいろんな宗教や民族が入り混じり、昔からｖ火薬庫と言われていたが、何千年たってもこの状況は全く変わらない。言い換えれば憎しみに支えられて生きてきたと言っても過言ではない。仏教の盛んなアジア系には見られない現象である。</p>
<p>　自分は教会に十年近く通い、聖書を読み、賛美歌を歌い、説教を聞いてきた。ある時、牧師にこう言ってみた。（先生、わたしはこれまで教えに励んできましたが、自分自身が全く変わらないらないことに気づいたのですが・・・・？）</p>
<p>　すると、五十歳の牧師は、</p>
<p>わたしも変わらないのです、</p>
<p>と答えた。</p>
<p>　自分は少しがっかりしながら、やはりそうだったか？と思い返した。</p>
<p>　八十歳になりかけた今でも、ささいな感情で人を嫌がり、憎むことがあるし、それがいつまでも尾を引くことがある。これが生活に関係し、食う物にかかわれば、喧嘩、戦争に発展するのである。ということは人間はいつも火薬庫を胸の中に隠しているということなのである。</p>
<p>&nbsp;</p></div>]]>
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