ある時です。猟師が犬をつれて、猪を追いよりました。猟犬の姿が消えたので、どこに行ったか探しはじめました。そしたら、どこからか、か細い犬の鳴き声が聞こえてきたとです。その声の方に行ってみると、腹をふくらました大蛇が横たわっとりました。猟師は驚いて逃げたとです」

「大蛇が子犬を丸飲みにしたと言うことですか!それはいつの話しですか?」
「十年くらい前です」
わたしは怪訝な気持ちになった。
財布の隠し場所を忘れるようになったのだから痴呆症になったのではないだろうか、と考えたがそうであってほしくはなかった。
立ち上がる気配を見せると、「持っていきなっせえ。道中、腹が減ったら食べなっせえ」と彼女はわたしの手に煎餅を三つ握らせようとした。わたしは一度断る振りをしてポケットの中に入れた。
彼女はコンクリートの階段まで見送りにきた。
「その大蛇は今頃は何処にいるんですか?」
わたしは深い関心を示し始めていた。
「あそこのほら、城山の下のトンネルの近くですたい」
その方を指さした。
 見えるはずもなかった。
 
 わたしにとって集金業務は趣味であり、楽しいものになっていた。幹線の道を覚え、さらに裏道、抜け道もわかると自由自在だった。迷路の中でゲームをしているようなもので、訪問先が払うか払わないかを考え、当たる確率は年々高まっていった。集金先や未契約先の住人を見つけると、馬で駆けるようにバイクを走らせ、翼が生えて飛んでいる高揚感に酔わされた。目のきく鷹になった。
大蛇の話はわたしの心をかき立てていた。
もとより好奇心が強く、冒険も好きな質である。
彼女の近所の家、ほとんどが農家であるが、そこに立ち寄り取材をしてみた。集金先でもあるから、相手は警戒心がなかった。
「うちは、田圃の水をそこの堤から引きよるけんど、ある時、そこの柿の木がえらく揺れよってね。―なんかと思うて見上げたら、大きな蛇がぶらさがっとった。びっくりして
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