「誰かと思うたら、おいちゃんやないね。腰が曲がって、年取った爺さんみたいにに見えた」
階段の一番上に彼女は腰を下ろし、笑いかけていた。
わたしは頭を下げ、苦笑いをしながら、腰がふらついていることに気づいた。
集金カバンは年々重くなる。
(その中には、無数の人々の人生がつまっているのよ。嬉しさ、悲しさ、惜しみ、軽蔑、哀れみなど、あらゆる感情が渦を巻き、その重さに耐えられなくなる)
(あなたの仕事のストレスは大変でしょう。教主様にすがって、救っていただきなさい)
集金先の主婦がある時言ったが、わたしにはその言葉が心の中に入らなかった。夢中で仕事をしていたしわたしは直情的な性格で、仕事になると相手の気持ちを飛び越えてしまうことがあった。
その主婦自体金払いが悪く、わたしを苦しめていた。そのことに気がついていないこと
に加えてわたしを入信させようという鈍感さにわたしは驚いてもいた。
どちらも似た者であった。
わたしは誰もが知っている公益放送会社、KTSの委託集金人であった。
(あらゆる感情)を(あらゆるエネルギー)とわたしは置き換えてみた。すると、よく理解出来た。五円玉、十円玉、五十円玉、百円玉が鞄の中に集まると、肩に食い込み、無数の人間エネルギーになって責め立てられ、その圧力に耐えられない時があった。
それはエレベーターのない集合住宅であった。一棟ごとに階段の上り口が五ケ所もうけてあり、10キロもある集金かばんをさげて上り下りするしかなかった。百棟ばかりあったが、ある棟の四階までやっとの思いで上り、ドアを叩き声をかけた。(またこの次に来て!)と直ちに打ち返された。その日は彼女が集金を指定した日であったので、裏切られた思いになり、その拍子につんのめって、鞄からバラ銭が階段にまき散らされた時、無力感に打ちのめされた。
階段を降りながら、払わない部屋を見つけるとドアを蹴っていった。
会社からケイタイに苦情の電話が来るのではないかと恐れたが、こなかった。
崎本婆さんにとっても坂は人生そのものである。何万回、上り下りしたか分からないし、そのエネルギーが生活を支えてくれたのである。
彼女の家の前に立つと、ブリキの表札に目が向いた。白地であったが、名前の囲いが上下ともすっかり埋まっているのである。家族十人の名前が記してある。何度見ても圧倒さ

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