炎が広がり、熱が体に寄ってくると、彼は待っていたものが来たと思った。平衡感覚が崩れ、崩れた方に行動が移っていくにまかせた。

誰にも話したことはなかったが、この世と自分の終わりを切望していたのだ。
金庫にちかづくと、知っていた番号を回した。番号は親方の愛人が本妻と話しをしている時に盗み聞きした。嫉妬心から男や親しい組員にこっそり教えた、こんな日のために。
扉を開けると、札束をバックの中に入るだけ入れた。
炎が壁に這うのを見届けると、事務所を出、車に駆け寄り、発進させたのであった。
 「ああ、思い出した」
 妻は突然言った。
「あのホームレスは一年前、城山峠で死んでいたんよ。当たり屋をしよったけど、暴走族の先発隊に跳ねられ、道路のそばに草むらに投げ出されてたんよ。人に発見された時は腐乱状態で、身元をはっきりさせるものがなくて、城山峠の無縁仏に葬られたんよ、スーパーのレヂ打ちをしよる友達が言いよった」
 「一年前?」
 わたしは呟き、昨夜会った男はすでに死んでいたことを知った。
「幽霊だったのね」
彼女はこともなげに言い、
「あなた、お願いやけ、仕事を止めてくれん?私はあなたに何が起こるか怖いんよ。もうすぐ年金もでるし、生命保険も満期になるのが何件かあるし、私の給料だって毎月入っているし」
と付け加えたのは、それを言いたかったのだ。

 次の日も、わたしは仕事を休んだ。
 タマネギの苗を植えようと思い、庭の畑を耕した。
 足でスコップの刃先を押し込み、固い土に切り込んだ。抉って、ひっくり返す。表の雑草が土の中に埋め込まれ、眠っていた土が光を浴び、大気を吸う。わたしの運動エネルギーが土のエネルギーと交わり、静かに燃えていく。
 収穫し忘れたカボチャが草の中から出てきた。半ば腐り、多くの種が中からはみ出していた。わたしは穴を掘ってそのまま埋めた。
 来年はこの種が芽を出し、葉を出し、蔓を伸ばしてカボチャの実を付けるだろう。
 
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