二十年間にわたる集金・契約業務、それはお金を頂き次に釣り銭を渡す、という繰り返しだったが、エネルギーのやりとりでもあったのだ。きちんと広げられた紙幣、しわくちゃの紙幣、二つ折りの紙幣、四つ折り、八つ折りの紙幣、手垢の染みついたもの、印刷されたばかりのもの、それらはエネルギーの色合いでもあった。お金をやりとりする時に指と指が触れ合うことがある。暖かい肌、冷たい肌、ざらついた感触、すべすべした感触、冷えた硬貨、暖かい硬貨、それらもエネルギーの性質であった。(いつまでも暑い日が続きますね)(寒くなりましたね)(可愛いお子さんですね)(バイクで回るのは大変ですね、事故に気をつけてください)(ありがとうございます、おかげさまで、事故だけはあわずに済んでいます)など言葉としてのエネルギー。人間というエネルギー、わたしという一つのエネルギーが言葉というエネルギーを交えて交流しあった二十年の時間エネルギー、それは宇宙の中で微少な存在が点滅し、次のエネルギーへの媒介をしたにすぎない。
 

崎本婆さんの家は丘の上にある。
以前、避病院が建っていたが取り壊され、町営住宅に立てかえられたという。長屋はすっかり古ぼけてしまい、右端の家は無人で、屋根の端の瓦が落ち崩れかけている。四世帯が肩を並べていたが残ったのは一世帯である。スナックで働いていた女が住み、彼女は年老いてしまった。十年前までは、男が欲しくなったら私に言いにきない紹介しちゃる、と崎本婆さんに言っていたが最近はそんな軽口も出なくなった。自分の老いがわかったのだ。      
崎本婆さんの家は長屋と接近してるが独立していて、普通の一軒屋である。古くて安っぽい作りだがしっかりと建っている。
コンクリートで固められた急な坂を上っていくと、上から青空が近づいてくるようだ。一人がやっと通れるほどの道幅で、左手には鉄パイプを組んだ手すりが伸びている。
コンクリート打ちも手すりも、息子達が母親と隣人達のために造ったもので、彼女の密やかな誇りである。息子達は建設現場で働いているから、そんな仕事はお手のものだ。
重い集金カバンを十字に掛け替え、わたしが手すりを伝っていると、

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