です」

小声で言い、私の目を見つめた。
わたしは驚きながら、分かったと言った。
 ―実像が大きければ大きいほど影も大きい。影の存在は否定できないし、否定すれば実像も無くなる。
集金先の友人の言葉が蘇った。
「俺は影なんね?・・・俺は崎本婆さんの息子にされたようやね。そうかもしれんし、そうやないかもしれん。それはどっちでも良いことたい。血統の上ではそうやけど、別の女の息子かもしれんし、別の男の息子かもしれん。人間の意識は分身としても自由に入れ替わることができるんよ。肉体だって自由に入れ替わることができるんよ。ほら、狐がとりついたとか、誰かの霊が乗り移ったとかいうやろう。目に見えんだけのことたい」
男は座り込んだまま,つぶやいていた。
闇と静寂の中で時間は止まっていた。
・・この男があの、ラーメン屋で俺を脅した男だろうか?ずいぶん痩せて別人に見える。声は似ているようだが。
「次の日やったね、営業副部長が来たのは」
男はわたしの意識を戻し、自分と重ね合わせた。
 
四十代の営業副部長と初老の統括係長、
それにわたしは事前に喫茶店に入り、打ち合わせをした。
「あなたは非常によく頑張ってくれるが、トラブルが多い。しかも手強い相手に引っかかってしまう」
椅子に座って、コーヒーを注文すると副部長は言った。
「そのとおりです」
わたしは詫びた。
「あなたは向こうに行ったら、土下座くらいせないけんよ」
彼は続け、
わたしは頷いた。
彼は部長への出世意欲が強かった。
統括係長は自分のポストがそこで終わることを知っていたし、定年退職を五年後に控え
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