そこまで言って彼女は両手を合わせた。

合掌していた。
「そんな難しい話をせんでも」
娘は遮った。
彼女はお金を出し、わたしは領収証を切った。
もう一人の若い女が姿を現し、わたしに会釈をした。
「チコちゃんねえ、お母さんが二人居るんばい」
女児は剥がしたシールを自分の頬に貼り付けた。
「可愛い!けど、シールはノートに張るんよ」
母親が言った。
「二人のお母さん?」
彼女等は笑った。
もう一人の若い女が説明したのは次のような事だった。
崎本婆さんの主人は山から竹を切り出し、篭やエビジョウケや箒などの農具を作った。彼女は売って回ったが、生活費は足りない。農業の手伝い、子守、御飯たき、掃除などをした。ある時、ある農家の主婦が出産したが、乳がでない。当時、崎本婆さんにも乳飲み子がいたので、二年間にわたって、二人に乳を飲ませ、育てあげた。二人は同じ心と体を持った女になって成長していった。一方が笑えば、他方も笑い、泣けば、泣いた。風邪をひけば、ひいた。生理が始まれば、始まった。子供を産めば、産み、同じように育てた。だから、二人のお母さん、といったのである。
この温かい波動の中にいつまでも浸っていたかったが、仕事に戻らねばならなかった。
わたしは幼女の顔を見つめると、手を振った。
契約を頂いたお礼を言い、帰る事を告げた。
崎本婆さんの娘が見送ると言い、
同行したがる彼女の幼女を制した。
通路から階段の踊り場まで歩いていくと、
彼女は止まった。
「あのラーメン屋で起こった事は私たちの耳に入っていました。あの店主はわたしの兄で、母の長男なのです。私たち兄弟はみな普通に暮らしているのに兄だけがあんなふうで、私たちの手に負えません。迷惑をかけています。母の前で兄のことを話さないで欲しいの
 
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