わたしは作戦を成功させた。

「・法も知らんのかといって、俺は心を傷つけられた。この痛みをどうやって癒してくれるんですか?」
男は急に弱弱しい声になり、被害者を演じはじめたがわたしに見抜く余裕はなかった。
以下のことは後になってわかったことだ。彼は金を借りてて返せない者を当然脅すことがあったが、こんどは脅されたといって被害者の立場に逆転していたのだ。脅したり、拝んだり、泣いたりすかしたり、それが借金取りの手法である。巧みな役者でなければ取り立ての成績はあげられない。
わたしの集金の攻撃的エネルギーが男に転移して、その集積が反作用になってわたしに向かっていたのだった。
わたしと男はいわば同業者であり、
(俺には対抗意識もあったのだ)
焚き火の前の男は言葉を添えた。
わたしは加害者でもあり、軟禁された被害者でもあった。男は被害者のポーズを取っているが軟禁している加害者でもある。どちらにも判別出来、入れ替われる状態であった。
「おれはあんたであり、あんたは俺なんよ」
男は呟いた。
焚き火は暗闇に包まれて、燃え上がっていた。
同じ火の色と同じ暖かさをわたしに与えながら、普遍のエネルギーを存在させていた。
「あんたが邪気を出さんで、後日またうかがいいます、という言葉を残して帰っとけば問題はなかったんやが、あんたは邪気を出してしもうたんよ」
男はまた、呟いた。
そうである。
邪気が邪気を呼んだのだ。
あの歓楽街で、風俗店従業員のアパートやワン・ルーム・マンションのエレベーターに載ったり、また階段を上って一部屋一部屋のドアをノックして回りながら、ロシア人やタイ、フイリッピン人の娘が派手な下着姿で現れたり、(今度来たらブッ殺すぞ)などとチンピラに脅されたりしたが、それらは結局は磁場の中の(男)に会うためのゴミゴミした道程にしかすぎなかったのだ。
(男)つまり(わたし)に出会う軌跡をなぞりつづけていたにすぎないのだ。
 
前
城山峠 p27
カテゴリートップ
城山峠
次
城山峠 p29