わたしは目を配りながらも、男の気配から注意を外すことはなかった。

「明け方まで時間はあるばい。あんたとたっぷり付き合わせてもらおうたい」
男はのどかに言うと、焼き豚を刻みはじめた。
(俺もこれから刻まれる)
わたしは無意識に感じていた。
店内は男とわたしの二人だけだった。
「この前なあ、アンチャンがミカジメリョウをせびりに来やがったけ、出刃包丁を出して追い返してやった」
男は手馴れた作業を続けながら、陽気にしゃべった。
わたしはすこし驚いたが、妙に彼と波長を一致させていた。
わたしは激情型で喧嘩早かった。焼き豚を楽しげに刻んでいるの男は私自身かもしれなかった。大学の空手部に属していた時、酔っ払って東京・新宿でチンピラと殴りあいの喧嘩を二、三度したことがある。事件にまでは発展しなかったが、無意識の世界ではいつも拳を握り、拳骨を引いて構えていた。(一撃必殺)の威力が自分にあるか、一度は試したいと心の奥底ではいつも唸っていた。
わたしは営業部の上司である職員と統括が来るのを待っていた。男に対する自分の非を認めてはいたがKTSがトラブルを解決し、すべきだと考えていた。
仕事上のトラブルである。
「ここラーメンはうもうない、ち言う客がおる。あんたなあ、俺はあんたの奥さんみたいにうもう作りきらんけ、金はいらん、ちいうてそんな時は帰ってもらうたい」
男は刻んだ焼き豚を皿に載せ、ラップに包んで冷蔵庫の中に入れた。
入り口のドアの先にからざわめきみたいなものが伝わってきた。黒の蝶ネクタイを結んだりタキシードを着た風俗店の男たちが集まり、店内を覗き、わたし達の方を見ている。
ネオンの明かりが彼らの背後に燈っていた。
日が暮れたのがわかった。
店の暖簾は内側のドアの上に掛けられたままだった。仕事前に腹を満たそうとする客引きやボーイなどが押し寄せているのだった。地方都市とはいえ歓楽街なので風俗関係の従業員ばかりだ。その中には仕事中のわたしに入店の勧誘をした者もいるはずだ。もちろん断ったが。
ドアのガラスを叩いて開店を急かす者がいた。ドアは内側からロックされていて、男は
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