わたしは焼酎を飲んだ。腹に染み入り、臓器がよろこんでいた。

焼酎がわたしの体を温め、気を落ち着かせていった。
「柱やら梁が崩れて、瓦がバタバタと音を立てて落ちる・・・・・、あれは恐怖と苦痛と快感が入り交じったー、何ともいえんー、恍惚とでもいうんやろうか。ワハハハー」
男の横顔、その表情は炎に照らされて、うっとりしている。
いや、それはわたしの気分と同調していたのかもしれない。
「崎本婆さんの家が焼けた時、あれは夏の夜やった。遠くから、ポンポン弾ける音が伝わってきた。見上げたら、火の粉が夜空にあがりよった。花火と思うた。こんな深夜に花火なんて、と考えよったら、炭坑住宅の連中が血相を変えて、水をかけよったが手遅れやった。おれは怖さより快感をおぼえたんや。悪さばっかりして追い出され近所の悪ガキのところに遊びに寄ってとった」
「崎本婆さんを知ってるんですか?」
「おれは何でも知っとる」
と男は言って息子であることを隠した。
「それはいつ頃の事ですか?」
「さあ、いつ頃の事か・・・、俺が子供の頃や」
「何が原因だったのですか?」
「亭主が気が弱くて真面目すぎたんやな。体も弱くて坑内労働にも耐えられん。博打に手を出してな、借金を作りよった。自分で火をつけておきながら、遠くから笑って眺めよった。頭がおかしくなったんやろう」
男の横顔はフードの中で消えていた。
いつまでも現れなかった。
 そんな時代から生きてきた顔ともわからない。
「亭主はそのまま消えていった。乳飲み子を抱えた彼女は逃げられんで、近くに掘っ建て小屋を建てて住んだ。借金取りやら見かけん男達が出入りするようになった。子供達が次々に出来ていった。借金のかわりに子供が出来たんやな」
彼はコップの焼酎を飲み干した。
「俺たちは誰がオヤジがわからん子供やった」
彼は焼酎をそのままコップに注いだ。
(俺たち)という言葉にわたしはとらえられた。
 
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