とか定着した有様である。
(下りと上りは実は重なり合っているのではないか?下りを逆にすれば上りであり、上りを逆にすれば下りである。一方は隠れていて、どちらが現像されて表面に現れ出るかの違いではないか?)
その着想を抱くと、アダルト・ビデオの一シーンが脳裏に浮かんだ。
番組をもう一度観たいために、ビデオを逆回しした時のことだった。若い女がジーパンを脱ぐシーンだったが、逆回しすると脱ぐシーンは履く行為に変わった。右足をジーパンの中にいれて足を床に就くと、腰の部分を両手で持ち上げ、ボタンで留める。脱ぐ行為はそれとまったく逆である。
時間の対称というのか?
いや、行為の対称?空間の対称?
時間と空間はは一つであるから、時空の対称ではないか。
この世の秩序は対称形になっている。
(しかし、その一つ一つの順序が履く時と脱ぐ時で違ったらどうなるだろうか?履く時は床に尻をついて両足を同時に入れ、起き上がってジーパンを上げる。脱ぐ時は立ったまま、片足ずつ外していく。そんな人もいないことはないが、すべての行為や現象は対称形になっていて、それが常識である。始めと終わりも同じで、重なり合っているのではないか。対立とか逆とか矛盾とか言うのは実は常識概念で、じつは同じ現象が重なり合っているのではないのか)
(対象のずれ、と言うのを本で読んだことがあるがずれが貯まればどうなるか?)
 そんなことを考えていると、わけがわからなくなった。
しばらく昔の女との恋愛を思い出したりしていたが、いつまでも道に出会わず、石の上に座り込んでしまった。
タバコも吸い尽くしていた。
座り具合が悪いので石をよく見ると、御影石、
無縁仏だった!
驚いて、立ち上がった。
震えが起こった。
両手を合わせて祈っていた、もともと宗教嫌いなのにである。
(何か変だ!)
 
前
城山峠 p15
カテゴリートップ
城山峠
次
城山峠 p17