まず、それを考えた。
腕時計を見ると、午後二時過ぎだった。
日が暮れるのは六時頃だから、その前にはここに戻っているはずだし、上った道をそのまま下ってくれば迷うことはない。
山の高さは二百メートルもないが、どこか怪しげな気配が漂っている。大蛇のイメージが気分を支配しているのだろうか。
タバコを吸いながら、独りで来たことを少し後悔しはじめていた。
平日の昼間だったから、ハイキングに誘っても時間がとれる友達はいなかった。
目の前の地面にアブラゼミの死骸が転がっていた。六本の脚をたたんで縮め、たがいに合わせている、合掌するみたいに。
あの世への旅立ちを準備している。
まるで棺桶の中の人間だ。
一ヶ月前、
あれだけ騒々しく必死に鳴いていたのは一週間の命しかないことを知っていたからであろう。早く雌を呼んで子孫を残そうとしたのだ。
あの騒がしさはどこに消えてしまったのだろう。
どこかの世界に行ったにちがいない、と考えてもわかるはずはなかった。
わたしは立ち上がった。
タバコを石の上でもみ消した。
振り返ると石は木漏れ日の逆光を浴びて、黒い輪郭を象っていた。その上からタバコの残り火が紫煙が上がせ、大気の中に消えていく。
なにかの気配を感じた。
見回したが何もいなかった。
タバコの紫煙が立ち迷いながら、一筋になっているのが見えた。
わたしは落ち葉に覆われた平らな地面を上り始めた。
道らしい道は消えていた、というより誰も踏み込んだことがないのであった。
登っていけば頂上につくことはまちがいない。
頂上に着いて降り、上り口にもどれば一応の探索をしたということになる。
幅一メートルほどの溝が山の上から草にかくれて流れていた。河床が異常であった。黄色く汚れていた。鉱物の金気が溜まったものであろう。幼い頃、自宅の井戸水のポンプが
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