彼の顔のそばに長い物が影絵になって近づき、止まった。
大蛇の鎌首を思わせた。
様子を探っている。
 それはすこし先に位置を変えた。
まさぐっている。
 梯子らしきものが立っていた。
 長い物は位置を決め、踏み段に固定された。
 一歩ずつ確かめながら降りてきたのは人間の下半身であった。
 上は中二階のベットだったことがわかった。
「わざわざ来ていただいてすみません」
声音がわざとらしく感じられたのは智樹に苛立ちが生じていたからだ。
新聞記者という智樹の職業を理解しているいようには響いていなかった。忙殺的なスケジュールに見張られる生活なんて想像できないであろうし、美術大学を卒業しながら、一度も働いたことのない者にとって時間は彼を中心にしか回っていないのだ。
痩せて小柄な勉が蛍光灯のスイッチを入れ、明かりの下に姿を現していた。
乱れた髪、白い顔、痩せた頬。体型の張り付いたダウンジャケット、綿ズボンは寝る時間と日常の区別を忘れていた。
「トイレで吐いてしまったらすっきりしました」
彼は背中をむけたまま言った。
外出して店でラーメンを食べた。車で帰宅すると気分が悪くなり、むかつきを覚えた。唾液が口から垂れ出、タオルで拭いても止まらなかった。
トイレに駆け寄って便器の中に吐いた。
食中毒の凶暴なウイルスを思い出し、智樹のケイタイにメールを入れた。
「ラーメンに食あたりするなんて聞いたこと無いけど、焼き豚が古かったのかもしれないな」
智樹はなだめながら薄笑いをしていた。
そんなことで怖がるなんて?
生活に真剣さがないから免疫力さえ弱っているにちがいない。
情けない男だ。
反発を覚えた。

部屋の中を見回すとありきたりの生活用品に見かえされ、違和感から解放されはじめた。外見は普通の生活者であるが彼は勉の母の美咲から息子を見守るように頼まれていて、勉は好奇心の対象でもあった。 

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