ブログ - 20191209のエントリ
(物忘れ物が無くなる不思議さよ)
近頃、物忘れがひどくなった。今日が何曜日かは、わかる。それは日曜日が教会に行く日、水曜日が障害者のカラオケ会、金曜日がパソコン教室、ときまっているからであるが、日にちとなると、スケジュールに当てはまる日がないので必然的にわからなくなる。こんなことが考え切れるということはまだ、本格的な認知症には進んでいないと言うことであろう。
知り合いの婆さんは妄想が出て、屋根裏にドロボーが住みついていて、醤油や酒を盗み、屋根裏でスキヤキをやっているとよく言っていたが、近頃はそんな話もせず、黙ったままで話しかけると、ニッコリ顔になる。昼の弁当はコンビニで買って来ているのに、昼前になると部屋を抜け出して買いに行き、皆を心配させる。
今日の朝、いつもの山道を散歩していると、その婆さんと夫がイノシシノ箱ワナを見に、坂道を上って来た。私は彼に、イノシシが獲れたか?と話しかけ、四匹獲れた、という話をした。婆さんは、黙ってニッコリ笑っていたが、私のことを憶えているかどうか定かではなかった。
夫は婆さんが小学校二年生ほどの知能だと言ったことがあったが、目を離せない生活をしているから、大変であろう。食事は作って上げているし、目を離せば徘徊して回るのである。
でも、よく考えてみると、婆さんは幸福である。金の心配もなく、健康の心配もなく、死ぬことを案ずるわけでもなく、心配事はいっさいなく、だから、いつもニッコリ幸福顔なのである。彼女が不幸であるはずはない。いつか、わたしもそのような笑顔になって、この世から去るに違いない。
残り少なくなった一年の、九月から今月・十二月までの四ケ月間は、すごい速さで時が通過して行った。楽しかった旅行や出会いはもう戻ることは無く、記憶からも薄れ、消え去って行くしかない。思い出として、残るだけである。
今年の年頭に唱えた夢は,かなわず、列車の中に置き忘れられたまま、来年も走り続ける。たくさんの夢は、私の隣の席に座ったまま、わたしと手を取り合い、来年も、仲睦まじくおしゃべりを続けるのである。
新しい女と出会い、再婚すること、文学賞をとって五百万円の懸賞金を手に入れ、海外旅行をすること、チップ農法が成功して企業化し、名がとおり、金を稼ぐこと、キャンピングカーを買ってカラオケを出あった人たちと歌いながら、全国旅行をすることなどの夢は、来年にまた、持ち越された。
良いではないか!
(見果てぬ夢)として、死ぬまで私に付き添ってくれるのであるから。